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『諮詢』

たつ、と堅い音を立てて雨粒が硝子を叩いた。
次第にそれは数を増やし、ある時を境に窓を棒で打つかのような轟音に変わった。

乾いた大地に雨が降る。.............雨期がやってきたのだ。


オリビアは急に暗くなった室内を見渡した。雨は先程までの日差しを全て遮り、硝子 窓はまるで逆さになった川のように水のまだらをひた流している。
立ち上がって粗末な組木の机から蝋燭を取り出し、その燭台を部屋の隅に置いた。灯 をともせば黄色い明かりが優しく顔を照らす。さらに数本火を付け部屋の四隅に置く と、彼女は溜息を付いて、またも石床に跪いて目を閉じた。
もう何刻になるのか、彼女は地に膝をついて祈っていた。膝当ての代わりに厚いぼろ 布を敷いてはいるが石床の冷たい、ごつごつとした感触は気休め程度にしか柔らがな かった。


よき聖職者の膝はくすんでいるのだと言う。 若い、柔らかな膝もこうして膝をつき、祈り続けるうちに厚く堅くなっていく。自分 が上だと、姉妹で衣装の裾をめくっては互いに見せあったのも、もうずいぶんと昔の 話になる。そして父に膝を見せては自分のはどうだろうかと意見を求めたのもさらに 昔の思い出だった。娘達の問いに父は目を細め、やがて自分で解るようになるとだけ 語った。



............果たして私達の信仰はどこへ行き着いたのだろう?



長姉と3番目の姉は急進的な政治団体に、次姉はあろうことにそれらの姉が対立する 陣営に身を投じた。
皆出ていった。それぞれの意志でもって、出ていった。
私だけが残った。さらに父も出ていった。
皆行き先を告げずに出ていった。



オリビアは目を開けた。
水晶の念珠を-----珠の数は人の罪の数だと言う-----数え、祈祷の文句を唱える。



今二人の姉とは共にある。父も、戻ってきた。
姉達のきびきびとした物腰とその晴れ晴れとした瞳は皆に活気を与えた。
父の含蓄ある言葉は知恵と安らぎをそれぞれに与えた。

求め彷徨えば与えられるのか、姉達はその信仰を時にはかなぐり捨てながらも、自分 の預かり知らぬ何かを求め、その光明を得た。
残った者のために自分も残ろうと思った。それが自分の意志だと思ったのだ。少なく とも自分が彼らを支えて然る可き人間なのだ、そう思ったからこそ残ったのだ。



では、この不確かさは何だろう?高さを変えてはやってくる、この不安の波は何だろ う?
教えの御柱に沿った生き方なのだと、これが良い道なのだとそう思ったのに、私が得 たものとは何だろう?


..............皆、気付いているのだ。
オリビアはぎゅっと目をつむった。


私こそ導きを必要としていることを、皆気付いているのだ。



オリビアはいつの間にか止まっていた手に気がついてあわてて数珠を繰った。



どきどきと脈打つ心臓が今は全てだった。
根を下ろしたと信じていた信仰すらも彼方へと姿を消し、何もかもが儚く見えた。
今ここにある自分でさえも無意味の塊、無のゆらぎでしかないのだ。

もう、

駄目、とひとりごちるその瞬間にオリビアは固く数珠を握った。
まだ大丈夫、駄目じゃないのよ、と唇を噛んだ。
眉にしわを寄せて大きく嘆息した。


疲れ切った馬に鞭を当て、


結局こうなのだ、私という女は。
私という真実は。

涙に滲んだ瞳を開け、疲れた頭を振って、念珠を木箱にしまった。



誰もが頼りたいと思う。
いまこの城にいる人間だけでなく、いまある全ての人がそう思うのだろう。
では、何故姉達は出ていったのだろう。少なからず安定といった安らぎを与える地を 捨ててまで、出ていかねばならなかった理由とは一体何なのだ?..............そし て、何故戻ってこれたのだろうか。


自分がその理由を姉達に聞かせなかった。
.............それも、また私という真実なのだ。

なんと醜い、そう思うとへなへなと体から力が抜けた。



一人床に踞り、ぼんやりと窓の向こうを見ていると、樫の扉の向こうから声がした。
「.............なんと、オリビア様は未だ祈り続けておられるのか?」
「流石は御大尽の娘御よな。熱心なことだ」
ほんに、と感心した声が足音と共に遠ざかる。


オリビアは扉の方を向いて、僅かに呻いた。


揺れる灯火の向こうに神を偶したイコンがある。
幼いころに誰からかはもう忘れてしまったが貰ったもので、いつも肌身離さずに持っ ている。粗雑な細工はいかにも子供騙しだが、子供が馴染んだ人形を手放せないのと 同じだ。ましてそれが偶像ならば。
オリビアはのろのろとそちらを向いた。


.............全き存在にして慈悲深き方、充ち満ちてる神よ。
私は何方へ往けば良いのでしょうか。
影無き私をお与え下さいまし。
御裾へと通ずる道を。


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